2019年8月9日金曜日

第69回全日本社会人選手権大会

第69回全日本社会人選手権大会
戸田ボートコース

本大会では碧水会最強スカラーの組み合わせとなる「まつあらペア」(松村治夫S47さん&荒川裕明S52さん)がBカテゴリー(1000m)のダブルスカルに出場しました。

Aカテゴリー(2000m)に比べBカテゴリーは二線級のレースとみなされるため、うまくいけば表彰状がもらえるチャンスがあると考えました。ところが現実は、平均年齢68歳のまつあらペアがほとんど20代クルーばかりのレースにいきなり紛れ込んでしまったという状況になりました。

バウを漕いだ荒川さんはそうした年齢差との戦いの模様を楽しくおかしく記した参戦記を寄せてくれました。ぜひご一読下さい。

◆レース動画
7月6日 予選(タイムトライアル)

7月7日 決勝


◆レース記録  2X 1000m


◆出場者の声 荒川裕明S52
7月6,7日に行われた全日本社会人選手権Bカテゴリー種目(1000m)のダブルスカルに松村さん(整調)、荒川(バウ)で参加致しました。荒川が報告致します。

社会人選手権のBカテゴリーは昨年から新設された種目で今年第2回目です。年齢区分なしのシニアA及びシニアA以外の年齢別(シングルスカルの405060歳以上)のレース距離が2000mなのに対し、このBカテゴリーは1000mの距離であることが特徴です。この種目が新設された意図は別として、参加者はぶっちゃけ二線級と言えますが、年齢区分はありません。昨年も私はダブルスカルでエントリーしたのですが、戸田の藻の氾濫により開催場所が急に長沼に変わった途端、このBにエントリーしていた参加クルーが軒並み辞退、我々1艇ではレース不成立となり、Bのダブルは今年が実質第1回目の開催となったのです。ま、その程度の意気込みのクルーが多い、という事が言いたいのですが。なので、お腹の突き出た人や爺さんに手の届きそうな人が乗ってるクルーも参加しているのでは、あわよくば3位以内で表彰状の可能性もあるのでは、と下心も膨らみ混ぜて貰う事に致しました。

一方、Bとはいえ社会人選手権ですから予選、決勝とあり、事前艇計量、ドーピング検査、説明会への参加義務、等もあり、私と松村さんとは5日の午後から共同艇庫に宿泊することとしたのです。もっともBのダブルのエントリーは6艇でしたので、結局6日のタイムトライアル(TT)と7日の決勝(本番)という事になりました。

説明会で貰った資料によると、相手は警視庁、東京海上日動、日本生命、三菱商事、全諏訪、それに我が碧水会。年齢を見ると全諏訪のバウが50歳でしたが、他は22歳から28歳のぴちぴちした若者、平均68歳の碧水会は印刷ミスに見えてしまう。

6日のTTでは翌日を考慮しシャカリキには漕がない、というプランで臨んだが、相手は皆さん引き締まった良い体格をしてらっしゃる。スタート位置に付けると審判より碧水会のタイツの色が違う事を指摘される。警告二つで失格と確か書いてあった。さすが社会人選手権、マスターズは皆さんTシャツを揃えるだけでタイツは見ないのに。少し動揺するが松村さんには聞こえないようで落ち着いている。

それでもスタートでは飛び出し、2位か3位に付ける。その後500m近くまで4位をキープ、警視庁と張り合うも終板に抜かれ結局9秒差で5位、運よく東京海上がへたくそで6位を守ってくれた。



7日の本番に向けて松村さんの情報分析能力が発揮される。名前と年齢から漕手の漕歴及びエルゴタイムを調べあげたのです! 唯一50歳を有する全諏訪のバウは50代のエルゴ全国3位で713秒、しかも整調は付フォアの国体長野選抜、三菱商事と日本生命は対校レベルの慶応大出身者でエルゴはいずれも6分台、6位を守ってくれそうな東京海上でさえ整調はラフティングの全日本チャンピオンらしい。全日本社会人となればやはりOBとはいえ一癖二癖の猛者ぞろいである。もっとも68歳で本気で割り込もうとする爺ちゃんも三癖はありそうだが、やはり3位以内は藻が絡まない限り無理! TTで競った警視庁だけはエルゴが730秒程度らしいのだが、これだって彼我のエルゴタイム差から相当厳しい。タイム狙いに切り替えた方が良さそうだ、と咄嗟に考えた。しかし何事もプラス思考の松村さんは、「警視庁は20代にしては遅い、絶対行けるぞ」と意気込む。比較対象が・・、という言葉を飲み込み、「そ、そうですね、やりましょう」と頷く。吉田先輩が撮ってくれたTTの動画を参考に、コンスタントピッチが遅すぎるので本番はスタリキ後のレートをあまり落とさずにコンスタントに入る、とした。スタートでは子供達(孫達?)とあまり遜色無かった、この速度がキープできればきっと警視庁に勝てる、かもしれない。ところがこの「あまり落とさずに」の捉え方に齟齬があったのです。

本番は小雨そぼ降る朝830分、のはず。810分に女子SSがスタート、次がダブルと記憶した松村さんはすぐに付けようとする。しかし、予定が変わったアナウンスは無かったので、恥ずかしながら隣の東京海上ダブルに「ダブルはこの次ですか?」と聞くと、「この次の次です」。やっぱり830分だ。しかし、レース直前で気の張っている松村さんになかなか声が届かず、回して付けようとする。この一連の大声のやり取りの中で、周囲に溜まっているダブルを気にしながら、「次の次ですってー!」となんとか伝える。優先席相当の爺ちゃん達には何があっても負けられない、と思われるとまずい、とちらっと思う。

兎に角もアップ後体が冷えない程度に動き、スタート位置に付ける。「よし、思い切ってピッチ上げて行くから付いて来いよ」などと松村さん、ちょっと嫌な予感はするがタイツの色違いが審判から見えないようにそれとなく腕で隠す。

松村さんの指導もあり、スタートはシャカリキに力を入れなくともリズムで加速し、あまり疲れずにコンスタントに持っていきそこそこ艇速が上がるくらいのレベルにはなってます、はい。この時も6位を守ってくれそうな東京海上を除く他艇と遜色なく良いスタートがきれた。ところがコンスタントに入るころ隣の三菱商事のオールが切り込んだのか急に遅れた。え?上位3位確実の1艇が欠ける? そうすると・・、警視庁に勝てば夢の社会人選手権表彰台?? もしかしたらTVに映れる? その時考えてはいけない良からぬ妄想が次々二人の頭に去来する。チャンス、と思ったか整調は11本目にコンスタントレートに伸びずそのまま突っ走る。いくらなんでもこのままでは持たない、と思いつつも必死に大先輩に食らいつく。300mを過ぎて疲れからかバランスが振れはじめ、フォワードでブレードを擦る事が多くなり、バタバタしだす。落ち着いて丁寧に、と気を引き締めるがやはり次第にレートは落ち始める。一方落ち着いてしっかり漕いでいたのは遅れて出てきた三菱商事、700mで警視庁、三菱商事、碧水会が横一線で3位争いを展開! 一見壮絶な戦いに見えるがその実態は、濁流を我が水と泳ぐ魚の如き三菱商事、濁流に流される木の葉の如き警視庁、そして濁流にゴロゴロ動かされる川底の石の如き碧水会、であった。それでも900mからは強蹴りでスパートをかけ艇速は上がるが落ち着くべきところに落ち着き、警視庁に6秒差の5位で終了したのです。因みに濁流の魚は日本生命をも抜き去り2位にまで浮上したのです。やはり1~6位まで、この順位が実力値のようでした。



回漕レーンを漕ぐ時も、スタート台に付けるときも、笑われているのではと多少気恥ずかしく、やはりマスターズとは異なり少し場違いな雰囲気はありましたが、爺さんは邪魔だから出しゃばるな、と言われない程度のレースにはなったのではないかと思います。これに懲りずに積極的に孫達世代と戦っていきたいと思います。

雨の降る中、早朝から応援に来てくれた方々、またへたくそな後輩を丁寧に教えてくれた松村さんにも感謝いたします、有難うございました。





2019年7月12日金曜日

「海の森水上競技場」完成記念レガッタ

令和元年(2019)6月16日(日)
場所:海の森水上競技場



東京港の東の玄関口である東京ゲートブリッジは、恐竜が向かい合っているような特異な形状をしていることから恐竜橋とも呼ばれています。その西側の恐竜の尾がまっすぐ伸びるのとちょうど並行するように「海の森水上競技場」が完成しました。世界にも類を見ない、大都会のウォーターフロントの国際水準の競技コースです。




616日は「海の森水上競技場」の完成を祝って記念レガッタが開催され、碧水会からは500mマスターズM8+500m大学M8+に出場することになりました。とくに現役にとっては、英国から招かれたオックスフォード大学およびケンブリッジ大学のそれぞれのOBクルーと対戦できるという絶好のチャンス到来です。

以下、大会前準備の模様も含めて報告します。


◆大会前準備(6月13日)
碧水会はオックスフォード・クルーが使用する艇の組み立ておよび試乗を担当しました。艇は早大が提供した北斗星Ⅱです。


試乗を終えて水漏れのないことを確認した後は、そのころ到着したオックス・クルーが始めた乗艇前の艇の整備の手伝いです。長身ぞろいのクルーのため、整調の場合はストレチャーを最長の位置にしても膝が伸びないという不具合が見つかり、やむなくシート順を入れ替えるというハプニングが発生しました。




◆レース記録

500m大学M8+



500mマスターズM8+




◆出場者の声 松村治夫S47


レース結果は以下のとおりです。どう測ったのかよくわかりませんが、数字だけを見れば恐るべきタイムです。

Q-1 江戸川ボート協会 6位 01:23.44
Q-2 稲門ミドル    2位 01:13.15
Q-3 碧水会      4位 01:14.54
Q-4 大蔵シニア    1位 01:12.92
Q-5 医王会エイト   5位 01:17.14
Q-6 パルテ      3位 01:14.01

高橋さんと栗原さんからから届いたビデオ映像をみると、我々はスタートが完璧に決まってスタ力で飛び出したにも関わらず、出遅れたパルテに、最後の最後で差されたことがわかります。



我々の体のラストの飛び方はパルテに比べてもったりしています。大蔵シニア、稲門ミドルもパルテ同様に体が飛んでいます。我々も後半が最初のスタ力同様のリズミカルな漕ぎであればスルスルと飛び出して勝てた可能性もあるだけに、もったいないレースだったと思っています。医王会は今回は単独チームだったと聞いており、今年の五大学の結果とは違って昨年と同様の結果に終わりました。

ビデオ映像を見ると、オールが波にあたって飛沫が度々上がっています。観戦者にとっては、見ごたえのあるレース展開だったと思っています。我々も、このレース展開の中で、荒れる波に手を焼きながらもスピードの出る漕ぎを楽しめたのではないかと考えています。ランニングスタートとなって各艇がバラバラに出るなど、いろいろありましたが、とにかく記憶に残る面白いレースでした。


◆「海の森水上競技場」の印象
《日ボの谷古さんがオックスフォードの漕手から「海の森」の印象を聞き出しています》


大会終了後のパティ―で、身長207㎝のあのMr.Paul Bennetと話す機会があり、彼にこのコースの印象を聞きましたが、

「I like this Boat Course very much !!!!」

「Why?」「Because, We can row more than faster!!!」と言っていました。

「兎に角早く走れなかったら面白くない!!」「順風だけど?」

「エイトでの世界記録知って居るかい? 5分12秒だ!!」

「貴方はどれほど早く漕いだ事ある?」

「5分21秒だ!!」「ポーランドのポズナムでだ!!」「世界記録もポズナムで出た記録なんだよ!!」


海森のコースも世界記録の出るコースとして世界のアスリートに良い印象を与える様になるかもしれません。

NTT東日本がこのコースで初めて5分37秒96を出した事は朗報です。

これからますます記録を伸ばすであろうと、ワクワクさせて呉れそうです。


2019年7月2日火曜日

大阪マスターズ参戦記 KF 500m (E)=S59クルー

令和元年(2019)6月2(日)
場所:大阪府立漕艇センター(浜寺コース)



  [大阪マスターズ参戦記 KF 500m (E)
       S59 法善寺 浜寺 完漕






【レース前日】
レセプション会場で集合。30年ぶりに再会した大谷(以下、草履)は、予想に反して髪の毛が少し残っていた。




前夜祭として三次会でミナミの街へ出発。戎橋(ひっかけ橋)のグリコ看板前で記念撮影。ホルモンでビールを1杯飲んだ後、法善寺横丁へ移動。法善寺の真横で80歳位のおばちゃんがやっている7席の小さい居酒屋で日本酒。草履が、どうしても欧陽菲菲の「雨の御堂筋」を歌いたいというので、200円を出して皆で歌いました。法善寺と言えば「浪花恋しぐれ」ということでもう一曲。




日付が変わったので、草履がもう一軒行きたいと言うのを制止してホテルに帰りました。卒業から35年のブランクが埋まって、一気にチームワークが蘇りました。


【レース当日】
55~59歳 (Eカテゴリー) 男子ナックルフォア レースNo.101

 C:和田 35年ぶり 唯一の知性派
 S:栗原 2回/週漕いでいる 腿が太い
 3:草履 35年ぶりオール 日頃は奥さんと山歩き
 2:徳光 第1回マスターズ以降11年ぶり 会社の漕艇部部長
 B:岡村 お台場レガッタ以来2年ぶり、500mを漕ぐのは初


日頃から漕いでる栗原以外の3人で、どうしても苦しくなった時は無理をしないで、オールを上げてシートだけでも動かそうと申し合わせて乗船。

両舷、ノーワーク、ヨーイ、ロー。

スタート地点へ向かう最初の200mは全く合わない。ナックルなのにバランスを崩してオールが水面を叩いていた。スタート練習を数回行うと艇が安定してきた。栗原がスタリキ10本と言うのを、その他の3人が却下して6本に決定。徳光はピッチ26でと提案したが、スタートしてしまえば栗原に合わせるしかない。栗原には、後ろ3人の様子を背中で感じてピッチを上げるようにお願いした。

スタート。


碧水会4レーン。思ったより良い感じ。両側の2艇を半艇身リード。300mまでに1艇身リード。しかし徐々に5レーンが迫ってきた。呼吸が苦しい。和田と栗原が何か叫んでいるような気がするが、聞いている余裕が無い。

イージオール。

見事ピッチ31で500mを漕ぎきり、3位に食い込みました。1,2レーンは、スタート直後から視界から消えました。タイムは2分5秒5。全体でも真中のタイム。

来年は、金沢大会で2分を切ろうと申し合わせて別れました。和田も次回は漕ぐと誓いました。


2019年6月30日日曜日

大阪マスターズ参戦記 M4+ 1000m (D)=H03クルー 

令和元年(2019)6月1日(土)
場所:大阪府立漕艇センター(浜寺コース)

大阪マスターズ参戦記 M4+ 1000m (D)]清野隆司H02

私たちのクルーは、C中平先輩、S清野、3本田、2野村、B山本というメンバーでした。私は、3か月前に本田たちから声をかけていただき、シェルフォア出場することを決意しました。漕手は、私以外は1学年下の代であり、学生時代から一緒に漕いでいたメンバーでした。

普段は、関西で別団体でナックルで漕いでいるのですが、シェルレースは愛知池マスターズ以来でした。ほかのメンバーに迷惑をかけないよう、走り込みとスクワットだけはしておきました。不安だったのは、当日まで乗艇練習がゼロということでした。果たして、バランスが取れて漕げるのだろうか・・・

前日は、栗原先輩からの誘いで、先輩方と大阪なんばで串カツを食べて、元気をつけました。


 さあいよいよ当日。高師浜駅から徒歩20分以上歩いてレース会場入り。朝7時ころクルーが集合しました。レースは8時58分。私は、ナックルでのスタートは刻み3+スタート力漕7+コンスタントでやってたとクルーに話しましたが、中平先輩からの一言で、刻み6+スタート力漕10本に変更。それもぶっつけ本番で試すことになりました。ピッチは30から32くらいで行こうと決めました。

レース50分前に船台蹴り。バランスを確かめるようにノーワークを漕ぎ始めましたが、思ってたよりもバランスがよい!! 「これなら漕げるかも」と心の中で思いました。中平先輩からも、「そんなに悪くない」と言っていただきました。スタート練習を何度かやって、いよいよレースです。対戦相手は、魚崎ローイング、瀬田漕艇クラブ、一橋四神会と早大理工碧水会でした。

アテンション・ローの審判の旗と同時にスタート! 力まないようにしたつもりですが、無意識に力んで、スタートダッシュで他の3艇に置いて行かれました。スタリキピッチ34~コンスタントピッチ32。これ以上離されないようピッチをキープしました。

コンスタント勝負。漕いでいるうちに、だんだんいい感じで艇が進むのを感じました。なんといってもぶっつけ本番ですから、勝負できているだけでも上出来なのかもしれません。最初の500mでは、3艇に置いて行かれましたが、そのうち1艇一橋四神会だけは逆カンバスくらいにいたと思います。

ここから踏ん張りどころ。何とか、一つでも上位に行きたい。強蹴りを何度か入れて、残り300m位で一橋四神会に並び、差し抜きました。これはいける・・ 最後は、何とか漕ぎ切り3位でゴール。タイムは1000mで4分4秒。優勝は魚崎で3分53秒 11秒の差。水空き1艇身くらいか。

負け惜しみかもしれないけど、練習を積めばよい勝負になるのではないか、と感じました。ポテンシャルは、まだあると思いました。

来年は金沢と聞きました。少し鍛えてまた挑戦したいです。



大阪マスターズ参戦記 M8+ 1000m (G)

令和元年(2019)6月1日(土)
場所:大阪府立漕艇センター(浜寺コース)

[大阪マスターズ参戦記 M8+ 1000m (G)橋本豊勝S50

浜寺で勝利すべく、50年卒4名(鳥羽、池田,井窪、筆者)に強力補強として松村、渡部、栗原、残りを高橋でうめ、老練の先をいく吉田さんにコックスをお願いしクルーを結成しエントリー。

遅まきながら4月より練習を開始、ナックル乗艇数回、軽度の低体温症患者が発生するほどの過酷な練習を実施(雨と気温が低かっただけ)、5月に入り漸くクルー全員がそろい乗艇練習を2回も実施。

こんなんでいいの、マスターズレガッタをなめてんじゃないかと思わなくも無いが費用対効果が最大の練習ができたと信じ、大阪へ出陣。

当日、天気晴朗なれど波少々、ゆるい逆風とまあまあのコンデション。 これより、7番シートの視点でレースを回想。

11:46スタートの数十分前に船台をけりウヲームアップ開始、途中戻りの審判艇に軽く接触大事にいたらず、アップを終えスタート地点へ向かう。

ボートの高校生の経験不足と風の影響で、艇は流され曲がり何度も付け直す、おまけにピッチ計が故障、先が思いやられる。

1レーン多摩川C、2レーン碧水会、3レーン一橋四神会、4レーン名古屋君津団塊連合、5レーン名古屋君津連合と並びいよいよスタートへ。

スタートでいきなり左へ曲がり1レーンに進入、すかさず審判艇が白旗を振り「早大理工」と警告、あわててバーサイド休め状態で自コース戻り必死にスタリキ。

このバタバタ状態の間に5レーンが瞬間移動したかのように視界から消失。


スタリキからコンスタントヘ落とす時点で、我が艇が集団の先頭に、半挺進おくれて3レーンその後に4レーン、1レーンと続く、しばらくこの状態でたんたんと進む。オールが合っているとはいえないが我慢して漕ぎ続ける。残り300M当たりから3レーン四神会に徐々に追い込まれる、これやばくない。残り200M後ろからは2枚上げろの檄が飛ぶ、しかしコックスからの指示はない、どうしたらいいの

この場合? 追い込まれる速度と残り距離から鼻差以上で逃げ切れると判断そのまま漕ぎ続ける。集団先頭でゴールラインを通過と思いきや、あれまだ漕ぐの?ゴール後数本スパートを追加して終了

審判の白旗を見てホッ。 ここまで読まれたかたは、もしかして優勝?と思われたかもしれませんが、残念。5レーンを見ると黒いシャツのクルーが一息いれて船台へ向け漕ぎ始めていた。

優勝はできなかったが、万年最下位を脱出できてよかった。 来年は金沢、この雪辱を晴らそうなどと口にするものはなく、どこの温泉に泊まろうかで話題が盛り上がる。

この拙文を読み、反発や憤怒を感じた方、是非来年温泉へ行きましょう。